校長室ブログ - Spirit of "Mikokoro" -

3月5日 高等科卒業式

2022.03.05

 白の学年の皆さん、ご卒業おめでとうございます。春の初めのこの美しい日に、皆さんは旅立ちの時を迎えました。

 聖心での学びを終えようとしてここにいる皆さんの姿を見ると、日々の生活での皆さんの活気ある様子が鮮明に思い起こされます。高等科一年生の皆さんは好奇心をもってチャレンジしていました。しかし、その生活が学年末からの休校で突然に変化し、その後の二年間は全く思いがけないものとなりましたが、いつでも皆さんはできないことより、できることに目を向けて、前向きに進んでくることができました。お互いに助け合い、活かし合う学年でした。仲間に恵まれたことに皆さんも深く感謝しているでしょう。一人ひとりが充実しながら、集団としてもパワフルに活動し、白の学年としての存在感を学校全体に示してきました。それは下級生たちにも確実に伝わっています。送別セレモニーで下級生から皆さんに送られたポスターにある「自立して大人みたい」、「学年カラーは白でも、それぞれが個性的な色をもっている」、「存在が尊敬できる」という言葉からも明らかです。

 皆さんはコロナ禍の学校生活で最大限、今できる何ものかを達成してきました。以前とは異なるやり方で、新しいものを生み出してきました。その実りのひとつはみこころ祭ですが、クリスマスウィッシングへの祈りのグループ活動も大きなものでした。高等科のクリスマスウィッシングは聖堂に全員が集まり、一つの共同体としてミサで祝う形式を長年受け継いできましたが、皆さんはその祈り・祝う心を保ちつつ、小さな共同体を築いて、大きな祈りを作り出しました。行動の形式が変わるということは、ものの見方が変わる、変容するということです。これは変容の経験です。このように皆さんが聖心の伝統を受け継ぎ、変容してくださったことをうれしく思うと同時に、この経験をしっかり記憶しておいていただきたいと思います。皆さんは変容という目に見えない宝物を蓄えています。

 今日、皆さんの前に拡がる世界は必ずしも明るいものとは言えません。コロナ禍はいつ終息するのか、気候変動を抑止することができるのか、世界は平和になりうるのか、世界は難題を多く抱えています。しかし、皆さんには希望の作り手として生きてほしい、それが皆さんへの願いです。そこで皆さんと一緒に考えたい3つの数字をこれから挙げることにします。それは、2、3.5最後は1です。それぞれに小さな数です。2%、3.5%と言ったら決して大きな数ではありません。達成可能な数字に聞こえるはずです。

 2という数字は、イスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリYuval Noah Harariから学びました。ハラリは人類の歴史を振り返る「サピエンス全史」を著し、未来に向けて考える、力強い語り手です。ハラリは今世界が直面している気候変動の危機を脱する方法を問われて、リサーチと試算の結果、危機脱出のためには世界のGDPの2%を対策に費やすことだと言います。気候変動の危機に対する絶望も否定もどちらも間違っている。考えるべきはGDPのたった2%の使い道だと言います。2%とは達成可能な数字ではありませんか。しかし、実際にこれが困難であることはハラリもよく知っています。政治家も経済界も含めて、人は現在の生活様式や経済構造を変えることに積極的ではなく、毎年巨額の食品ロスが発生し、巨額の資金が軍事費に費やされていると指摘します。それでもハラリは、気候変動は「たった2%で食い止められる」としています。漠然と考えていると無力感や不安にとらわれますが、20%ではなく2%です。ハラリはそこに希望を示そうとしています。世界のGDPの2%とは194兆円とも試算される巨額の資金です。その使い道の決断に関わるのは政治家だけではないはずです。自分ごとという言葉が思い浮かびます。

 次の数字は3.5です。エリカ・チェノウェスErica Chenowethは アメリカのハーバード大学の政治学教授です。チェノウェスは20世紀における市民運動を綿密に研究して、非暴力の運動が暴力的な手段に訴える活動よりも実効性があることを見いだしています。非暴力の市民運動ではガンジーやマーティン・ルーサー・キング牧師が大きな成果を得ましたし、フィリピンのピープルパワーなど多くの例があります。300以上のケースの様々な要因を分析した結果、チェノウェスは3.5という数字を得ます。これは非暴力的な市民運動が成功するための市民の参加率です。人口の3.5%の人々がアクティブに組織的に参加した非暴力の市民運動は成功していたということです。100人中なら4人、小さな数字です。4人の仲間なら集められます。しかし、もしアメリカなら、人口の3.5%はニューヨーク市の人口を上回るものになります。短期間に集められるものではなく、無秩序な群衆では効果を得ることはできません。それでも、3.5%という数字を見逃すことはできません。暴力的な手段は人の注目を集めやすいものです。チェノウェスは自身でもリサーチの始めは非暴力の有効性を信じていなかったと言います。しかし、今はここに希望を見出しています。

 最後の数字は1です。最も小さい数字です。チュニジア出身の女性歌手エメル・マトルティEmel Matholouthiの「Kelmti Horra私の言葉は自由」という歌を聴いたことがありますか。エメルはこの歌を2015年のノーベル平和賞の受賞式記念コンサートでも歌いました。この年のノーベル平和賞にチュニジアから受賞者が選ばれたのです。「Kelmti Horra」はとても力強い歌です。エメルはこの歌を2007年から歌い始めたということですが、当時のチュニジアは独裁政権の下にあり、自由と正義を求めるエメルの歌は放送禁止になってしまいます。国外で活動したり、身の危険を冒して限られた場でのみ歌ったりするなかでも、エメルの歌は密かに人々の間に広まっていきました。2010年12月にチュニジアでは政府に対する抗議運動が高まります。そしてある日エメルが抗議集会の公の場で「Kelmti Horra」を歌い出すと、それが人々の大きな力となっていきました。一人のシンガーの歌が多くの人を動かす力となり、一人の歌声が多くの人の心を一つにまとめる力を得たのです。そして、人々の力が政府を動かしました。しかし、全てが一挙に夢のように改善されることはありません。現実は厳しく、チュニジアは今も困難を抱えています。それでもなお、一人ひとりが自由に1となることができる社会を求める、新たな動きの中にいるのです。

 2、3.5、1。これらは変容をもたらす数字です。希望をみつける数字です。最後は1にたどりつきます。一人ひとりがどのように判断し、決断するかということです。皆さんは聖心女子学院での生活で心の奥深くに魂を感じる感性を磨き、自分の頭でものを考える訓練をし、「私から私たちへ」と人をつなぎ、共同体を築く体験を積んできました。これらは皆さんの中にある目に見えない宝物です。これから新しい環境で新しい状況に接するとき、ご自分の中の目に見えない宝物を信じて進んでください。世界を動かし、変容をもたらす数字はどれも小さな数です。実現不可能ではありません。不安という漠然としたものにとらわれて、小さな希望を見逃してはなりません。各自の場で主体的に、責任をもって判断する一個人として、希望をもたらす1となってください。皆さんの学校生活の最後の2年間は皆さんに辛さや苦しさをもたらしたかもしれませんが、それを乗り越えた経験は希望をみつける力ともなるはずです。変容の経験をしっかりとつかんでいてください。

 未来の世界は皆さんのもたらす希望を待っています。これからも地道に学び、自分自身で考え判断し、よい出会いを得て仲間を増やしてください。「私から私たちへ」の心と祈りも忘れないでください。

 皆さんの活躍を心からお祈りしています。母校はいつでも皆さんのために祈っています。

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