校長室ブログ - Spirit of "Mikokoro" -

9月25日中高等科前期終業式 相手のことを考えて話を聴く

2023.09.25

 2期制の本校では前期末を迎え、期末試験と答案返却を終えて、終業式となりました。全校がSBHに集合し、まとめの振り返りを行いました。上の画像は、オーストラリアの提携校FCJ College から送られてきた、今年の5月の旅のアルバムです。

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 前期末を迎えました。今回の答案返却はどうだったでしょうか。納得のいく成果が残せましたか。4月からの学習のまとめでした。点数にかかわらず、皆さんが自分の学びの手応えを感じることが大切です。これからの学習に活かしてください。

 前期について少し皆さんと振り返ってみましょう。前期は動きの大きな期間でした。これまでの3年間に比べて、たくさんのことに取り組むことができました。コロナウイルスには今でも感染予防に気をつけなくてはなりませんが、状況は変わってきました。皆さんが活発に活動できたことはとても良かったです。

 海外との活動では、学校にFCJ Collegeをはじめ、姉妹校からもたくさんの短期留学生を迎えました。また、こちらからの派遣も行いました。色々な交流ができ、聖心の姉妹校の豊かさやグローバルコミュニティのもつ力を感じることができました。FCJ Collegeからは日本旅行の写真アルバムが送られて来ました。とても楽しい旅行だったとわかります。皆さんにも見られるようにしますので、ぜひ見てください。

 色々な活動ができたということは、様々な関わりが持てたということです。友だちとおしゃべりしたり、一緒に時間を過ごしたりすることから始まって、部活や行事で人と協力して活動したり、考えを分かち合ったりする経験ができたことはとても豊かなことでしたが、人と関わるむずかしさもきっと経験したでしょう。意見の行き違いなどから、うまく行かない経験もきっとあったでしょう。どうしたらよいかわからない、助けてほしいと感じることもあったかもしれません。そういう時、皆さんはどうしましたか?自分一人で抱えこまず、誰かに相談することはとても大事なことです。一方で、人任せにせず、良い方向に進めるよう、勇気をもって自分でも取り組むことも大切です。

 このようなことを考えていたら、聖心の偉大な先輩である緒方貞子さんについてのテレビ番組が、先週とその前の週と2回にわたってNHK Eテレで放送されました。見た方もあるでしょう。この番組から私も大いに学ぶところがありましたので、少し紹介することにします。

 緒方さんは、1990年代に国連の高等難民弁務官として活躍されました。それは難民が大発生した困難な時期でしたが、人を助けるという視点で大きな仕事をなさいました。難民が発生するのは世界でも政治的に不安定な場所ですが、緒方さんは実際に各地の難民キャンプに出かけて、人々に出会っていたことが注目を集めました。

 番組では、聖心での教育も紹介されました。若い時に聖心で教育を受け、特に聖心女子大で、Be intelligent, Be independent, Be cooperativeという3つのことを学ばれたと言うことです。言い換えてみると、Be intelligent, は自分の頭で考える、Be independent, 自立して一人でも自分らしく行動できる、Be cooperativeは協力する、人と共に働く、ということです。これらは、私たちもこの学校で大切にしていることです。このような土台があっての世界での仕事でした。

 緒方さんのリーダーシップについては、人の話を聴くことが重要だったとされていました。リーダーとして何ごとかをまとめようとしても、人の意見は様々で多様であったり、対立があったり、うまく行かないことも多かったそうですが、そのときに、相手の話をまず聴く、対立があるなら両方の話を聴いて、本当に必要なことは何かと考えて、そこでできることの可能性を探る、そして、皆が納得できるような解決を探すことを目指していました。

 私が番組を見ながら考えたことは、相手のことを考えながら話を聴くということの大切さです。緒方さんは各地の難民キャンプに出かけて、人々の話を聴きました。そこでは、対話していたと言っても良いかもしれません。人々に何に困っているかなど色々問いかけていたそうです。本当にそこで何が起こっているのか、知りたかったのでしょう。これは大事なことです。もし、難民キャンプで人の話を聴くということが、ただ、見かけのパフォーマンスに過ぎなかったら、人々の心に残るような大きな仕事はできません。本気で話を聴く。難民という最も弱い人々、何もかも失って、名もない人、そのような人の話を大切に聴く。それは、一人ひとりの人間が本当に大切な存在だということを深く心にとめていないとできないことです。このような考え方は聖心で学ばれたことが元にあったのではないでしょうか。

 世界のリーダーは大きな枠組みでものごとを考えなければなりません。政治や経済、国々の歴史や対立関係や、複雑な要素が国連の仕事には関わっています。しかし、目の前にいる人、困っている人のことを大事にする。緒方さんは全体の大きなことを考えることと、目の前の小さな現実を大切にすることと、両方ができたということなのでしょう。別の言い方をすれば、自分のことだけでなく、周りの人のことを考える、私から私たちへ、を大切にして対話をした、そういう方だったのでしょう。

 今週もまた別の番組が放送されるようですので、見てみてください。

 カトリック教会でも924日は「世界難民移住移動者の日」でした。教皇のメッセージは「移住かとどまるかを選択する自由」をタイトルとしていました。難民とは、自分たちの考えでなく避難しなければならない、とどまる自由のない人々です。教皇フランシスコは人々が安心して生活できる世界を目指そうと呼びかけています。これも大事なメッセージです。

 今回の聖書朗読にも移住してきた人が出てきます(マルコによる福音書7章)。イエスはティルスというところに行って、ギリシア人でシリア・フェニキア生まれの女の人に出会います。ティルスはイエスが日頃活動していたガリラヤ湖の地域から北に向かった地方で、地中海に面しています。海の交通で色々な地方から人が集まる場所だったのでしょう。フェニキアもギリシアも海の交通がさかんでした。そのようなな歴史の中で、この女の人はシリア・フェニキアで生まれ、ティルスに住んでいました。イエスの時代も人々が色々な理由で動いていたことがわかります。イエスにとっては外国の人にあたります。シリアは現代では政治的不安定で紛争の絶えない場所です。

 この女の人は自分の娘を助けてほしいとイエスに懇願します。もしかするとやっかいなうるさい存在と感じた人もイエスのまわりにはいたかもしれません。誰にも知られたくないのに、気づかれてしまったと書いてあるからです。この女の人は娘を助けてもらいたい一心で、イエスの足もとにひれ伏して頼んだと書いてあります。この時、イエスの対応は不思議です。すぐに助けようとは言わず、二人の間で言葉のやりとりがあります。子どもたちのためのパンと小犬のたとえを使って、子どもたちのパンは小犬にあげられませんとイエスは言っています。これを聞くと、なぜ小犬などと言うのでしょう、外国の女の人に対する差別のようにも聞こえてしまいます。しかし、この女の人は、イエスの言葉にめげることなく、小犬も子どものパン屑はいただきますと答えて、イエスに食いさがっています。それで、イエスは「それほど言うなら」と言って、「家に帰りなさい」、もう娘は治っていますと言います。女の人が家に帰ってみると、娘は元気になっていたとあります。不思議な話です。

 よく考えてみると、この話では、女の人がイエスを動かしたことがわかります。娘を助けてほしいという必死の思い、イエスなら助けてくださるに違いないという信頼がこの女の人にはありました。そして、イエスはこの女の人の話を聴いて、動かされていきます。イエスは、神さまの救いはまずイスラエルの人々からと考えていたかもしれません。しかし、この女の人との出会いで、その考えを変えたと言っても良いかもしれません。それによって、娘が助かるという良い結果が得られました。イエスが始めに考えていたより、神さまの力は早く大きく広がっていったとも言えるでしょう。この女の人は必死だったし、イエスも真剣に話を聴いたでしょう。対話の力を感じさせられます。イエスはこの対話から学んでいます。

 緒方貞子さんも、このイエスのように、困っている人の話を聴いて、自分の考えを変えたかもしれません。大事にしたい軸は大切にしながら、変えられるところは必要に応じて変えながら、よい結果を生んでいく。そこには対話がありました。

 皆さんは、これからみこころ祭の準備でも、色々人と関わりながら活動していくでしょう。その時に、対話によって、私から私たちへと自分の世界を広げていってください。難しいことに出会ったら、緒方貞子さんのことを思い出し、しっかり話を聴くことに心を向けてください。

 来週の後期の始まりまでわずかな期間ですが、皆さんが少し振り返りの時間もとり、新たな気持ちになれるよう、心に落ち着きやゆとりを作ることも心がけてください。

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