校長室ブログ - Spirit of "Mikokoro" -

10月24日中高等科朝礼 静かな時間

2022.10.25

 朝礼での当番の生徒による祈りは、自分たちで選んだ聖書の箇所の朗読、その箇所から読み取るメッセージと祈りからなり、生徒3人一組で行われます。当番にあたった生徒たちは、あれこれ考えて、その日にふさわしい聖書の箇所を選び、生徒全体のためになるよう言葉を考えて祈りを作ります。今日の祈りでは、マタイによる福音書6章から「明日のことまで思い悩むな」の箇所が読まれ、「思いとどまること」の大切さが思い起こされていました。朝の祈りは日々のことで、定まったこととして何気なく過ごしてしまいそうですが、生徒たちが考え出した味わい深い言葉が投げかけられる、学校生活の中での大切なひとときです。そして、生徒に向けて話そうと考えていることと響き合うものが感じ取れる日には、特に意味深いものと感じられます。

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 先週は「感ずべき御母」の祝日を祝いました。聖心会のシスターDonna Collinsも学校に来てくださり、短い時間でしたが朝礼でお話ししてくださいました。朝礼の後に11年生の英語の2つのクラスにも行ってくださいましたので、お話を聴くことができた方々もいるでしょう。シスターCollinsは理科の先生で、アメリカのいくつかの聖心の学校に勤められました。歴史のある学校でも、シカゴのような大きな町で多様な生徒が集まる学校でも働かれました。その後にローマの聖心会総本部で総長秘書も務められ、ローマで生活されている間に「感ずべき御母」について、原絵のあるトリニタの修道院に行ったり、調べたりして考えてこられました。

 「感ずべき御母」のマリアのうつむき加減のお顔に注目されて、この絵の大事なこととして静けさとふり返りをあげて話をしてくださいました。手を合わせる、といういかにも祈りの姿ではありませんが、手に糸紡ぎを持っていて、作業の合間にふと静かに何か考えたり、思い巡らしたりしている姿です。仕事に集中して、気を散らさないということは大事なことですが、手を動かしながらも、心は静かに保っているということなら、それも大事なことです。 

 では、皆さんの静かな時間は一日のうちで、どこにあるでしょうか。学校での皆さんの活気やにぎやかさ、友だちとの関わりの様子をいつもとても喜ばしいことと見ています。同時に、静かな時間も大事なことと考えています。朝の始まりの祈りの時、授業の前、授業の後、一つ一つの時間は短くても、静けさが私たちの生活に組み込まれているのは大事なことです。そのようなひと時に、一回、意識して流れを止めて、自分をふり返ってみましょう。指示されたから、決められているからやっているのでは、大切さに気づけないかもしれません。ただ、中断するだけではなく、意識して自分を見つめる時となったら、静けさの意味が深まります。そして、教室のように皆で集まっている所でも、静けさをもつことができているように、私たちが静けさを共有する体験をもっていることも重要です。そこでは、たとえ大人数であっても、一人ひとりが異なる、自分の世界を持ってそこにいるということを経験しています。

 今日一日、どのような静かな時間があるでしょうか。静けさのなかで、自分をふり返り、見つめてみましょう。

 

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