校長室ブログ - Spirit of "Mikokoro" -

7月8日中高等科 夏休み前最終日

2022.07.08

 中高等科は今週で夏休み前の授業を終え、来週は各学年で異なる活動を行います。校内に残って活動する学年もあれば、校外での宿泊行事を予定している学年もあります。例年は合唱コンクールを行って夏休み前を締めくくってきましたが、コロナ禍により合唱コンクールは実施できていません。昨年はボディパーカッションを楽しみ、今年はコンクール形式でなく、中高等科別に各クラスの歌唱の成果を発表し合いました。生徒が歌う姿に久しぶりに接しました。同じ曲でもクラスによって異なる音色が聞こえました。コンクールでなくても、心を込めて表現を追求する姿勢が特に高等科生からは伝わり、豊かな時を共有することができました。

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 明日から夏休みです。今日までの学校生活に感謝しましょう。4月から色々な活動をすることができました。この2年間にはできなかったことでも、今年はできたことがありました。クラブ活動や行事など、皆さんが授業以外の色々な活動をしている姿を見られたのはうれしいことでした。授業以外の活動はとても重要で、その中で色々な経験をすることができます。行事の準備や委員会活動などで、先生や友だちとの関わりが様々あったことでしょう。学習は大事な活動ですが、その上に色々な経験があって、聖心生の生活が作られていきます。身体を動かすとか、相談するとか、おしゃべりする、一緒に考えるなどを通して、気持ちを感じたり、心を使うこともしたでしょう。このような活動を聖心という学校の場で経験することは、上級生や先生の存在もあり、意識していないかもしれませんが、聖マグダレナ・ソフィア、イエスのみこころも関わっています。そして、先輩から受け継いでいるものもあります。このようなことが、皆さんを動かしていたのではないでしょうか。

  4月からの毎日で何が一番心に残っていますか。楽しかったことでしょうか。辛かったこともあったかもしれません。そこから何を学びましたか。わかったことは何でしたか。未解決のことは何ですか。「私から、私たちへ」と広がったことは何かありましたか?

 皆さんの心に今、思い出せることがたくさんあるとしたら、とても豊かな4月からの生活を送ることができたということでしょう。私には、4月の初めはもうずっと前のことのように思えます。色々なことがたくさんありました。皆さんもがんばってきたのではないでしょうか。

  この4月から学校としてジェンダーについて学んできました。そして、この間ずっとコロナウイルスとウクライナでの戦争が背景としてありました。これらは私たちの今の世界の現実です。この世界の中で学校生活をしてきました。夏休みになると、一人ひとりの各自に任される時間も増えます。その中で、いつも自分のことだけでなく、世界の一員であることも考えながら過ごしてください。

 ジェンダーについて学ぶことは、自分について知ることだと感じているでしょう。自分について、社会について、知り、気づくことがあると、そこから言葉が生まれます。自分の思いや考えを理解し、表現する言葉です。

 今日は7・8年生と12年生の活動を紹介します。みこころの祝日にサードステージ生はオンライン講演を聴きましたが、7・8年生は創立者の祝日の続きの活動として、話し合いを行いました。その活動の記録を見せてもらいました。

 差別と区別についての話し合いを行い、色々な意見が出されました。差別と区別のちがいとは?差別は、一方的で、人を傷つける、決めつけることになる。一方、区別は、相互理解ともなりうるし、お互いを守ることができ、共通理解のルールでもある。しかし、区別として始めたものも、差別に変わる可能性もあります。そのような危険もみつけました。なぜでしょうか。気持ちの分かれ目があるのかもしれません。まわりの人をどのような目で見ているかに関わります。差別は、自分が上、自分が正しいという考え方、自分だけを守りたいという考え方かもしれません。

 話し合いでは正直な意見がたくさん出されたようです。嫌な思いをした経験やくり返したくないことも、知ってもらいたい、わかってほしいという思いで、敢えて話したのかもしれません。そのように話せる雰囲気ができていたら、とてもすばらしいことです。大切に聞く雰囲気や、お互いに大切にし合う雰囲気がなかったら、誤解が怖かったら話せません。聞いてくれる場と、共有できるメンバーの存在が重要です。それがあってこそ、なかなか言えない、本当に大切なことが出てきます。とても貴重な経験です。そして、これは「私から私たちへ」の経験だったと言えるでしょう。8年生がこのような場を作りだすことができたのは、とてもすばらしいことでした。

 7・8年生の皆さんはこの話し合いの経験を大切にして、違う場でも、この話し合いで出たことを思い出しながら生活してください。そして、9年生以上の皆さんは、7・8年生がこのようなことを考えたことを心に留めてください。学校全体として大切に共有したいことです。

 差別と区別とは大事な問題です。人とどう関わるかの問題です。聖書の中にこれと関わる話があります。「毒麦のたとえ話」と言い、マタイの13章に出ています。7年生の保護者会でもお話ししました。このような話です。ある人の畑で僕たちが麦の種を蒔きました。良い麦の種を蒔いたはずなのに、悪い麦も畑に育っています。そこで、僕たちは主人のところに行って、良い麦の種を蒔いたのに、敵が悪い麦を蒔いて行きました。悪い麦を全部とってしまいましょうかと尋ねます。すると主人は、刈り入れのときまでとっておきなさい。間違えて良い麦もとってしまうかもしれないから。と言います。この悪い麦が毒麦です。

 不思議な話です。悪いとわかっているものがあるのに、それを取り除かずに、放置するのでしょうか。この話には知恵があると感じます。良い、悪いとすぐに2分することをしません。また、自分が良い方で、相手が悪いと決めつけることもしません。仲間って何だろうと考えさせられます。この話は、仲間になっていく可能性を考えさせます。悪いかもしれないものでも、変化する可能性を考えています。同時に、良いものにはきちんと育つ力があるということも信頼するということでしょう。

 しかし、ここには、悪いかもしれないものと一緒に生きなければならない苦しさもあります。とはいえ、それが私たちの現実です。でも、神さまは見守ってくださっています。 

 夏休みの間に学校や教室の外で色々なできごとに出遭うでしょう。そのときには、耳を傾けて、必ず良いことをみつけてください。

 12年生の宗教の授業で、80歳を過ぎた2人の女性の対話の場面を映像で見ました。そのことも分かち合います。この2人の女性は全く違う人生を歩みました。80年の間には色々な時代があり、色々なことを経験し、辛いことにも出遭います。しかし、この2人は、「生きてみなければわからない」「人間は生きているべきです」「ここまで生きてみて初めて見えることがある」と話し、お互いに「そうねー!」「良かった!」と語っています。この場面を見て、12年生は、「まだ17年・18年しか生きていない、高校生だからわからないことはたくさんある、でも、きっと辛いことがあっても、必ずその先に光りがある、必ず良いものがみつかる」「そのときは大変でも、できごとには必ず意味がある」と考えてくれました。このような気持ちで進みましょう。

 各学年の行事が実り多いものとなるように願っています。また、各自、自分がやりたいこと、やってみたいこと、自分らしいことも考えてください。自分のやるべきことにもしっかり向き合い、上手に時間を使って、自信をつけてください。逃げたり、何かのせいにしたりしないようにしましょう。それはもったいない時間の使い方です。人の話をしっかり聞き、自分の心の声もしっかり聞くこと。自分に誠実であってほしいと願っています。

  世界の現実にも意識をもってください。世界が平和に向かうことができるように願いましょう。8月15日は日本にとって平和について考える日です。その日には特に、世界の中で日本の位置はどうなっているか、皆さんが世界のどのような一員でありたいかについても考えてください。個人としても、社会としても、「私から私たちへ」となることを考えてほしいと期待しています。 

 残念ながら、コロナウイルスの感染状況は拡大傾向にあるように感じられます。各自健康には注意してください。夏休みの活動が予定通りに実施できるように願っています。

 それでは、9月に再会することを楽しみにしています。

 

 

 

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