校長室ブログ - Spirit of "Mikokoro" -

3月18日 中等科卒業式

2022.03.24

 9年生の皆さん、中等科卒業おめでとうございます。

 思いがけず肌寒い日になり、雨も降っていますが、春の雨は植物の芽吹きをもたらす恵みの雨です。春のいのちはこの雨でより一層活気づくでしょう。皆さんの未来も同じです。

 皆さんの中等科生活には様々なできごとがありました。8年生の春に新型コロナウイルスのために一斉休校となってから、思いがけない展開となり、残念なこともあったかもしれませんが、その中でも皆さんは一生懸命に今できることに取り組んできました。昨年の夏のオンラインでの奈良体験学習が思い出されます。暑い中、学校に集まって、奈良のお寺の話を伺ったり、漆塗り体験を楽しんだり、みこころ祭で内容豊かな展示発表をしたりと皆さんの励む姿が見られました。このようなたくさんの経験をして卒業の日を迎えました。

 中等科の卒業は皆さんの将来に向けての大きなステップです。義務教育の終了の時を迎えました。そして、ちょうど高等科卒業までの折り返し地点です。また、日本ではこの春から18歳に成人年齢が引き下げられますから、これからのおよそ3年間は皆さんにとって大人になるまでの自分自身を模索する大事な時期にもなっていきます。

 中等科での生活を通して、皆さんはそれぞれご自分というものを発見してきています。学習のあり方や、友人との関わり方、時間の過ごし方、目標の定め方など色々な角度から自分自身を見つめて来ました。3年間を振り返って、自分の中に様々な変化を見つけることができるでしょう。よい結果を生み出す変化はとてもうれしいものです。一方で、変わりきれなかったと感じているところもあるかもしれません。今年度私たちは「変化を生み出す 変容を生きる」という学校の目標を通して、良い変化を生み出し、新たなものに向けて深く変わっていく変容を目ざしてきました。私たちが変化していくのは、新しいものを受け入れて、自分の世界を拡げていくからです。逆に、私たちが変われないときは、自分の考えにこだわって新たなものを受けとめ損なっているのかもしれません。心が開かれていないのかもしれません。今、新たなステップに踏み出す皆さんは、開かれた心を持ちたいと願っていることでしょう。

 聖心女子学院にはゆるぎない伝統があり、それは聖心の生徒にとって大事なものです。その中で私たちは開かれ、変化し、変容していくことを求めようとしています。伝統は先に生きた人たちが見つけた大切なもの、受け継いでほしい価値として受け渡されたものです。伝統は古めかしく人を縛っているものなのか、それとも活かしていくものなのか。一人の人物を紹介しながら考えてみたいと思います。

 フランスのパリにはパンの有名なコンクールがあります。バゲットの伝統の味を競います。これは格式の高いコンクールで、一位をとったパン職人は1年間、毎日大統領にパンを配達するという栄誉が与えられます。2018年に180人の参加者の中から1位となった人は弱冠28歳で、このコンクール史上最年少でした。しかも、この人は移民の息子で、生粋のフランス人でない若者が伝統に挑んでいたのです。どんな人だったのでしょう。この人の中には大きな葛藤がありました。この人の両親は移民としてパリに定住し、パン屋を開業します。この人は親の姿を見て育ち、親の仕事を受け継ぎたいと考えますが、両親の意見が分かれてしまいます。母親は自分たちの苦労を息子に継がせたくない。製パン業よりも社会的にもっと評価の高い仕事についてほしい、知的で専門的な資格を要する職業についてほしいと願っていました。そして、この人は成績優秀な生徒だったようです。将来について悩んだ結果、高校卒業後は得意だった化学を学ぶために進学します。しかし、やはりどうしてもパンの仕事をやりたいという思いは捨てられず、母の願いにもかかわらず、大学卒業後は父と一緒に働き始めます。そのような中でパンのコンクールに出遭ったのです。近所のパン屋が上位入賞したのを知って、自分も参加してみようと思い立ちます。

 権威あるこのコンクールで賞を得るためには、伝統を学ばなければなりません。フランスパンの伝統を受け継ぎながら、同時にその人の何ものかが表現されていなければ、抜きん出て賞に選ばれることはできません。この人は伝統を受け継ぎながら、大学で学んだ化学を用いて、伝統を新たな視点で追求し、より良いものを極めようと独自に試みていきます。優勝までの道のりを振り返って、研究に研究を重ねたと言っています。この人にとって、伝統はただ受け継ぐだけのものではありませんでした。そこにあるものは何なのか、良さの本質を極めようとし、本気で関わることで、パンに対する自分の考え方を変えていきます。学生のときは化学が将来パンの仕事に役立つとは思っていなかったのです。コンクールへの参加を契機として、この人は自分の持つ力を余すところなく使うことになりました。そして、優勝へと向かうチャレンジは自分の栄誉を求めることではなく、パンを買ってくれるお客さんの喜び、「おいしい」と言ってもらう喜びに支えられていたものだったとも語っています。この人は本当の幸せとは何かということに気づいていきます。

 伝統を極めることは古いものに安住していることではなく、主体的にそこにある良さをみつけ、自分のものとしていくことです。それが伝統をも新たなものにし、変容していきます。そして、ほんものの伝統は内向きに固まっているものではなく、広く開かれて多くの人の心に働きかけ、訴えていくものなのでしょう。一見普通の目立たないものが、開かれていく力を持つこともあるのです。

 卒業を迎えた皆さんには、中等科での学びを土台にして、聖心の伝統の上にご自分らしさを見極め、深めていただきたいと願っています。自分の中の葛藤や迷いにもしっかり向き合い、やりたいことがみつかったなら、本気で取り組んでください。

 ウクライナで戦争が起こり、世界は非常に厳しい状況を通っています。2年前に新型コロナウイルスの世界的な流行に直面したとき、いのちを守るためには世界が協力しなければならないと実感したはずなのに、世界は今、対立と分裂に苦しみ、世界中が心を痛めながら解決を求めています。日本にいる私たちも傍観していることはできません。世界は一つにつながっています。世界のいのちを守るために「私から私たちへ」の視点が求められます。そのために自分には何ができるのか、一人ひとり考えなければなりません。今回お話しした人物がパンという自分のほんものをみつけたように、皆さんも本気で追求するものをみつけ、打ち込んでください。そうすることで皆さんは希望の作り手となり、変化を生み出し、世界を変容する力にきっとなっていくでしょう。

 この卒業の日が、一つの区切りとして皆さんに新たな変化を生み出すものと信じています。

 (ここで紹介している人物はMahamoud M'Seddiです。) 

このページのトップへ
このページのトップへ