校長室ブログ - Spirit of "Mikokoro" -

10月15日 中高等科朝礼 ロザリオの祈り

2020.10.16

 10月はカトリック教会ではロザリオの月として、ロザリオの祈りをすることを勧められています。毎月1回木曜日の放課後に、信徒の生徒たちは宗教活動を行っていますが、10月の宗教活動はロザリオの祈りをします。その日にあたり、ロザリオの祈りの意味を考えました。

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 10月はカトリック教会ではロザリオの月とされています。宗教活動でもロザリオの祈りをすると聞いています。ロザリオの祈りは、ロザリオを手に持って、祈りを数えながら、マリア様にアヴェ・マリアの祈りを繰り返し捧げます。シンプルな良さがある祈りですが、繰り返しは単調に感じるかもしれません。そのような時に美しいロザリオを手にしていると祈りの励みになります。皆さんのロザリオは何色ですか?私のものは赤い玉のロザリオです。では、10月がなぜロザリオの月なのか知っていますか?

 ロザリオの祈りは世界史と関係があります。カトリック教会は10月7日をロザリオの聖母の祝日として、このように説明しています。「この記念日は、1571年のレパントの海戦でキリスト教徒がオスマン・トルコに対して勝利を収めたことを記念して、ピオ5世教皇によって定められた。この勝利は、ロザリオの祈りによってもたらされた聖母の助けによるものであると信じられていた。きょうの祝日は、神の御子の受肉、受難、復活に特別に結ばれたマリアに導かれて、キリストの秘義について黙想するよう励ましている。(カトリック中央協議会「毎日のミサ」10月号10月7日)」レパントの海戦というできごとの時に、マリアに祈って助けていただいたという人々の感謝の記憶がこの祝日の元になっているのでしょう。夫や息子、兄を戦場に送り出した多くの女の人々、妻、娘、姉妹たちの祈りの記憶でしょう。

 レパントの海戦について世界史の資料集を見てみると、1571年、オスマン帝国がスペイン、教皇、ヴェネツィア連合艦隊に敗れる、スペイン、フェリペ2世オスマン帝国を破る、と両方から書かれています。この時代の日本では、1549年にフランシスコ・ザビエルが鹿児島に到着しています。1573年には室町幕府が滅亡しています。織田信長の時代です。

 レパントの海戦は10月7日正午に始まり、13時半には決着がついたと言われています。レパントという所は、イタリアの南端、地中海に開かれたイオニア海に位置しています。そこで双方200~300隻の船が出て、8万人もの人が闘いに参加した大きな戦闘だったと言うことです。

 こうしてみると、ロザリオの祈りが戦勝に関わり、キリスト教とイスラム教の対立の勝ち負けに関わっていたことになります。神の助けや恵みが政治や争いに関わるものと知ることは、現代の私たちには苦しく感じられることです。当時の人々の心には、神が現実的に助けてくださる存在として捉えられていたということでしょう。時代が移り、19世紀から20世紀になると、少年や少女がマリア様からロザリオの祈りをするよう促されたというエピソードが出てきます。ロザリオの祈りが弱い立場の人々、名もない人々に深く関わるものになっていきます。

 現代ではどうでしょう。フランシスコ教皇がつい最近出された一番新しい回勅、全世界に向けた手紙のタイトルは「Fraterri Tutti」いうもので、地球上のあらゆる人が皆家族であり、兄弟姉妹であるということを表しています。国や宗教、男女などにかかわりなく、すべての人が皆地球上の家族です。ですから、ロザリオの祈りでも、マリア様は誰の祈りでも聞いてくださり、誰のことも助けてくださると考えて祈ります。

 ロザリオの祈りは、宗教活動の時に限らず、いつでも祈りが必要と感じるときに誰でも祈ることができる祈りです。

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