校長室ブログ - Spirit of "Mikokoro" -

5月29日おもしろい本を読みましょう(68)ヤン・マーテル 「パイの物語」

2020.05.29

 今日、紹介する本は文学を極めたい人向けです。題名に「パイ」とありますが、これはお菓子ではありません。数学の「π」です。つまり、円周率3.14。これが主人公のニックネームです。なぜ、そうなったかと言うと、そもそも主人公は自分の名前が嫌いでした。本名は Piscine といって、フランス語で水泳の「プール」を指す語です。お父さんがあるときプールに非常に感銘を受けて、自分の息子の名前にしたのです。主人公の一家はインドで動物園を経営していました。「プール」言うこの名前のために、パイは学校で友だちから大変からかわれることになってしまったのです。ところが、パイには特技がありました。それは、円周率を覚えて、何桁までも暗唱できることでした。皆さんも知っているとおり、円周率は割り切れない際限の無い数です。パイはそれをいくらでも覚えることができました。それで、パイと呼ばれるようになりました。パイは誇りを持てる名前です。

 さて、この物語は複雑です。何が真実であったのか、読み終わった最後に不可解に思うかもしれません。冒険小説に分類されているようで、確かに冒険の要素はありますが、それだけでなく人間の心の不思議さについて深く考えさせられる作品です。恐ろしささえ感じるかもしれません。

 動物園には色々な動物がいます。おとなしい動物もいれば、危険な猛獣もいます。動物園の経営が危機に瀕し、一家がカナダに動物と共に船で移住を計画したところから、この物語は奇妙な展開をしていきます。「パイ」という名前からしても、奇妙ではありましたが、さらに不思議が深まります。船が遭難し、パイやパイのお母さんなどわずかな人が救命ボートで命をつなぎますが、そこに猛獣のトラもいたのです。食べ物も水のなくなるなか、漂流を続け、命を巡る壮絶な出来事があり、最後にパイだけが生き残ります。パイの話では、途中に不思議な島に上陸もしたのです。とても信じがたい話でしたが、生存者はパイだけしかいないので、確かめようがありません。

 一体何が起こったのでしょうか。真実はどこにあるのか。読者はよく考えるしかありません。もしかすると、わからないままかもしれません。しかし、とても惹きつけられる物語です。割り切れない数であるパイ。人工的に真水を貯めるプール。猛獣を飼う動物園。絶海の孤島。大海原を漂流する救命ボート。このようなものをつなげていくと見えてくるものがあるようです。

ヤン・マーテル作 唐沢則幸訳 「パイの物語」 竹書房 2004年

 

 

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