聖堂

Antonin Raymond (アントニン・レイモンド:1888〜1975)
聖心女子学院の聖堂は、レイモンド氏により設計されました。
1888年 オーストリア・ボヘミア・クラドノ生まれ(チェコ人)
1975年 アメリカ・ペンシルバニアで死去
1919年、帝国ホテルを設計したフランク・ロイド・ライトの補佐として来日。
1924年から1925年にかけて聖心女子学院を設計。
レイモンドは日本古来の建築の良さを認め、その特徴とモダニズム建築とを見事に融合させて、
簡素ながら豊かな空間を作り上げ、その作品は高く評価されている。

レイモンド氏の作品は他に、目黒カトリック教会、東京女子大学本館、
星薬科大学などがある。
写真1:現在の初等科校舎
フランク・ロイド・ライト氏が帝国ホテルの建築で用いた「タータンチェック」模様が使われている。
これは、「窓が二連ずつ大小の柱を間にくり返され、二・二・一・二・二となっている。さらにはその
二・二の間の柱には柱頭がついて、庇の下で止まっているが、そこには打込みの唐草模様が
あらわれている。」(三沢浩著「アントニンレーモンドの建築」より)
写真2:現在の聖堂内部
写真1の二階・三階部分にある聖堂の内部より撮影した「タータンチェック」
写真3:聖堂内部の天井部分
天井のアーチ部分に段差をつけることで、独特の雰囲気を感じさせる。
本館

Jan Letzel(ヤン・レツル:1880〜1925)
聖心女子学院の正門はレツル氏により設計されました。
1880年 チェコ・ナホト生まれ
1925年 死去
1907年 来日 
1909年 聖心女子学院校舎と修道院落成。レツル氏が設計・施工。
しかし、関東大震災(1923年9月1日)で焼失。

レツル氏の作品で、現存するのは正門。

レツル氏の他の作品は、広島原爆ドームなど。
現在の本館は竹腰健造氏の設計(1956年)。
写真4:現在の正門
最初の正門は、明治41年ヤン・レツル氏がエーシング・ホラ氏とともに聖心女子学院本館ととも
に作られた。当時は現在地より100mほど上がった表通りに面していたが、大正12年頃移築さ
れた。亀の甲形、煉瓦造り(移築後はコンクリート造り)のこの門はクラッシックな洋風造りである
が、どことなく日本的な雰囲気を思わせる独特なものである。
写真4:学院内部から見た正門
写真5:亀の彫刻(右)
屋根は亀の甲形で、門の両側の門柱には、左右対称に亀が刻まれている。
この亀は、豊島区雑司ヶ谷在住であった名工の作と言われている。「鶴は千年亀は万年」という
諺が外国人設計者の心をとらえてのではないだろうか。
写真6:亀の彫刻(左)
写真5の反対側の門柱。
亀は長寿のしるし、繁昌の縁起物という思いからの作品ではなかろうか。
聖心女子学院の歴史的建造物