校長室ブログ - Spirit of "Mikokoro" -

9月27日 中高等科前期終業式

2019.10.04

9月末に前期終了の日を迎えました。今年は中・高等科それぞれに聖堂で終業式を行いました。

~~**生徒への話**~~

 前期の終わりになりました。4月からの生活はどのようだったでしょうか。皆さんのそれぞれが様々な経験をして、4月の始業式の場に座っていた自分とは確実に異なる自分として、今ここに座っていることでしょう。

 今年度の目標は「Be wise. Be creative. アクションを起こす」です。どのようにこの目標を実行できたでしょうか。たとえば、学校全体としても、今年度はSBHの改修のために例年と異なることがありました。集会や行事を色々な場所を使って行ってきました。今日も中高別に聖堂で終業式を行っています。これもクリエイティブな取り組みです。全校として集まれないのは残念ですが、神様とより親しく活動できるのもよいことと感じます。

 前期期末試験は前期の学習のまとめでした。試験の結果をどのように受け止めていますか。自分の気持ちに正直ですか。うれしいこと、満足なことがあった人、また、残念だ、うまく行かなかったという気持ちの人もいるでしょう。嫌な気持ちがしているとしたら、それは嫌なものです。では、その気持ちをどうしたらよいでしょうか。うまくいかなかったことがあったとしたら、本当に気が重いことです。しかし、嫌なことでも、その現実をしっかり受け止める以外にはありません。うまく行かなかったことが一つもない、困っていることが一つもないということは、誰にもありません。誰でも、何か困ったことを抱えています。ですから、その辛い現実から次に何かがきっと生まれると考えましょう。もし、そのことがあまりにも重くて、辛くて、受け止められないと感じるとしても、そのことに正直でいてほしいと思います。辛いことをそのまま神さまに祈る、あるいは、誰かに聞いてもらって助けてもらうことができるでしょう。そのようにして嫌なことに対しても正直で、まっすぐなら、きっと次のものが見えてくるでしょう。しかし、もし、その現実をしっかり見つめず、何か他のもののせいにしたり、誰か他の人のせいにしたり、大したことないと軽く見たり、よく考えなかったり、あるいは、あきらめてしまったり、このようになってしまうと、嫌なことから逃げる姿勢になります。それでは、自分のいのちを活かすことができません。どうぞ自分を信じて、私はきっとやって行かれると考えて、うまくいかなかった現実を受け止めてください。

 大事なことは、「私には私の歩みがある」と考えて、人と比べないことです。「私」の歩みは、他の人と同じではありません。一人ひとり今の「私」に大事なことを心がけましょう。

 9月26日には、9年生・10年生を対象とした夏休み中の海外体験学習報告会がありました。1時間あまりの時間に、10種の活動についての発表がありました。今年の発表では、それぞれの活動の特色と伝えたいメッセージがはっきり示されていました。発表した人たちは、自分たちの学びを共有したいという強い気持ちから、ぜひ他の多くの人にも価値ある、同じ体験をしてほしいという願いを発信していました。他の学年の皆さんも聞くことができたら良かったと思います。

 一つひとつ異なる、多様な活動でしたが、それぞれの発表を通して共通に感じられることも出てきました。多様性を認めること、多角的なものの見方を持ち、一面的・一方的な見方にならないこと、何ごとも他人事でなく、自分に関わることとしてとらえること、勇気をもってアクションにつなげること、このようなことが繰り返し出てきました。それぞれ異なる場で行われた活動であったにもかかわらず、大事なことは共通していました。これらを聞いて、何ごとにおいても自分の頭を使って考えることは非常に大事なことであり、鵜呑みにしない思考とは、critical thinking のことを指すものでもあると感じさせられました。

 ニューヨークで今年も国連総会が行われました。気候変動も大きなテーマでした。グレタ・トゥーンベリさんが招かれて、スピーチを行いました。皆さんは聞いたでしょうか。グレタはスピーチの場で怒りを表していました。その怒りは皆さんの世代の怒りでもあるでしょう。その怒りが向けられているのは、私も含めての大人世代です。グレタは、本来自分は自分の国で学校に行っているべきだと言っていました。そのとおりです。大人がするべきことをグレタが代弁してくれているのに大人が甘んじてはいけない。そのような思いをもって、グレタのスピーチを重いものとして私は聞きました。今の時代の便利な生活は、若い人々に大きなものを負わせていることを改めて考えさせられました。これは私の感想です。皆さんはどのように聞きましたか。やはり、ここでも大事なことは、自分のこととして考えることです。そして、自分にできるアクションは何だろうと次に一歩を進めることです。中高生の皆さんでも、できることがあります。

 教皇フランシスコの来日がいよいよ現実的に近づきました。11月23日から26日と発表されました。24日に長崎でミサ、25日に東京でミサが行われます。広島も訪問されることになっているようです。今回の教皇フランシスコの日本訪問のテーマは「すべてのいのちを守るため ~Protect All Life~」とされています。教皇フランシスコは、長崎で原子爆弾が投下された後に撮影された一人の少年の写真を取り上げて平和のメッセージとしたことがありました。少年が小さな弟を背負って立っている姿の写真です。見たことがある人も多いと思います。平和は大きな課題として、「いのちを守る」というテーマの中に入ってくるでしょう。そして、教皇フランシスコは「ラウダート・シ」という全世界に向けた文書の中で、地球は私たち皆の共通の家 Our Common House と説いて、あらゆる人、生物は同じ家に住む仲間、家族であり、どこの国のどのような人でも皆大切な仲間であることを強調しています。地球を神様に創られたものであり、地球環境は大切にされているか、そこに住むあらゆるいのちは大切にされているか、と問いかけています。教皇フランシスコは、日本を訪れるにあたり、何を期待しているのでしょうか。誰に出会い、何を見ることを期待しているのでしょうか。私たちに何を語ってくださるのでしょうか。私たちが見過ごしている何かに気づかせてくれるのかもしれません。

 今日の聖書の朗読箇所は「知恵の書」というところからとられています。「知恵の書」は旧約聖書の一部ですが、「続編」と呼ばれる、特にカトリック教会で大切にされている特別な部分に含まれています。知恵について、様々なことが語られています。今年度の目標 "Be wise" にちなんで、少しずつ読んでいきたいと思います。

 今日の朗読箇所1章6節は、知恵は人を慈しむ霊と言って始まりました。そして、6章12節から16節で、知恵は人の思いを知り、心を正しく見抜き、人のことばを聞いておられると続きました。この知恵は神様から来る知恵です。私たちの心と言葉と共にあって、私たちをやさしく導き、支える力となってくれる存在です。自分の心に正直になることを助けてくれる力です。では、知恵はどのようにしてみつけるのか、どのようにしてその知恵を自分のものにするのかということについては、知恵は探す人には進んで自分を現すと説明されていました。知恵を探し求めていると、道でやさしく出会うと書かれていました。

 私たちはいわゆる「知恵」をいつでも明白なかたちで探しているわけではありません。しかし、困ったことがあったり、どのようにしたら良いか迷って真剣に考えたりしているとき、その場限りのことでなく、真の解決を求めようと悩んだり、苦しんだりしているとき、知恵を求めていると言えるでしょう。今日の朗読は、そのようなときに神様は必ず答えてくださる、と私たちに教えてくれます。ほんもののやさしさは、時に、厳しい言葉で語られることがらの中にもあります。やさしく聞こえることばが真の解決でないこともあります。私たちはいつも「知恵」、神様とともにある、自分に正直な言葉、いのちを活かす考え、ほんものの解決を求めていきたいと思います。

 前期の神様からいただいた恵み、友だちと分かち合った多くのこと、自分で努力できたこと、うまくいかなくて、今困っていること、これらを一度落ち着いて振り返り、次のことに向かう力をいただきましょう。後期の開始までは短い期間ですが、振り返りと準備の期間としてください。

 今回、聖歌集に教皇フランシスコの和解のための祈りを新たに加えることになりました。今日も唱えます。この祈りを、韓国と日本の聖心会では特に大切にして、毎日それぞれの言葉で唱えています。花のイラストが描かれており、日本語のものには韓国の国の花であるムクゲ、韓国語のものには日本の国の花としてサクラの絵が描かれており、この絵を見ながらお互いのことを思い、祈り合うことにしています。そして、この祈りは韓国と日本の関係だけに限らず、世界の平和、そしてわたしたちの身近なところでの温かい、ほんものの人間関係を築くための祈りでもあります。心を込めて、大切に祈りましょう。

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